花粉の功罪 ~飛ぶ花粉 飛ばない花粉~

サイエンス

いまや日本国民の2人に1人が花粉症といわれますが、都道府県によっては県民の6割にも上るところもあるようです。主な花粉症の原因は、スギ、ヒノキ、ハンノキ、シラカバ、イネ科、ヨモギ、ブタクサなどの花粉。なかでも、国内の罹患者が最も多いのがスギ花粉といわれます。シーズンになると毎年風に吹かれて山から黄色い杉の花粉が一斉に飛散するシーンが放映され、見ているだけでくしゃみが出そうになりますが、なぜスギやヒノキの花粉はあれほど飛び、私たちが日ごろ使うキクやバラ、カーネーションの花粉は、スギやヒノキほど飛ばないのでしょうか。 今回は私たちの産業を豊かにしている源である花粉の功罪についてご紹介したいと思います。

スギの花粉はなぜ飛ぶのか

答えをいうまでもないかもしれませんが、スギやヒノキは風媒花だからです。花粉症の原因となるハンノキ、シラカバ、イネ科の花、そしてキク科のヨモギやブタクサは、いずれも風媒花で、シーズンになるとスギ同様に多くの花粉を飛ばします。

スギの花粉の大きさは一つ当たり直径0.03-0.035mmくらい。とても軽くて、一度吹かれると数十キロ飛ぶといわれます。一般的に髪の毛の直径が0.08-0.09mmほどですから、髪の毛1本の断面よりスギ花粉の方が小さいのです。ヨモギやブタクサはさらに小さいのですが、草丈はスギやヒノキほどは高くないので、飛散距離も数十メートルから数百メートルくらいとされています。 ちなみに、品種によって差はあるものの、バラの花粉は約0.02-0.03mm、ヒマワリの花粉は0.03-0.05mm、カーネーションの花粉は0.04-0.07mmで、バラやヒマワリはスギと大きく変わらないサイズですが、重いのでスギのようには飛びません。

●直径のイメージ(※それぞれの平均的とされるサイズを採用)

スギやヒノキは風媒花として花粉を飛ばすのは、子孫を残すためです。スギの雄花の小さな粒々1つの中に、30~40万個の花粉が入っているといいます。花といっても、裸子植物ですから花弁はなく、鱗片のすき間から大量の花粉を飛ばすのです。子孫を残したいスギとしては、気まぐれな風に吹かれても、吹かれた先で仲間と出合えるよう、生存をかけて花粉を遠くまでたくさん飛ばす必要があります。スギも必死なのです。

ざっとおさらい!植物の進化

ここで少し植物の進化の歴史に触れておきましょう。

地球の誕生は46億年前といわれますが、植物の祖先にあたるものが海中で誕生したのは35億年ほど前といわれています。顕微鏡でなければ見えないようなほど小さな細胞だったとされています。10億年ほど前には緑藻類という藻の仲間が生まれ、それが5億年ほどかけてコケ・シダ類に進化。海から、水辺、陸地で生息できるよう進化し、およそ3億年前にマツやソテツ、イチョウなどの裸子植物が誕生しました。

裸子植物は、最初に誕生した種子で増える植物です。種子で増えるため、花のようなものはありましたが、花弁を持たず、地味なもの。サイズも小さく、香りもありません。風媒花なので虫や鳥を誘引する必要がないからでしょう。花粉は動物にとって栄養価の高い食物にもなりえたので、むしろ目立ってしまうと花粉を食べられてしまう可能性がありました。地味でないと、子孫の繁栄には不利に働くことになったのです。花粉を遠くに飛ばし、種子も乾燥に強かったため、水辺から内地に生息地域を拡大していきました。 そして、まだ恐竜が地球上を闊歩していた約1億3000万年前に、被子植物が現れました。現在地球上で最も栄えている植物の種類は被子植物です。多くは動物媒花で、虫や鳥を引き寄せるために華やかな花姿をしています。被子植物の中でもイネ科、カヤツリグサ科、カバノキ科は風媒花のみ、ブナ科やヤナギ科、タデ科、キク科では虫媒花と風媒花があります。

花粉の媒介者(ポリネーター)

花粉を運んで受粉させる動物や昆虫を「花粉媒介者」や「ポリネーター」などと呼ばれます。風媒花の場合は、風がポリネーターとなります。 スギは風媒花のため、風に揺られて一斉に花粉が飛び立ちますが、バラ園に行っても、お花見で満開のサクラを見に行っても、空気の色が変わるほど一斉に花粉が飛ぶのを見ることはありません。これらの花は虫媒花だからです。もちろん花粉はありますが、受粉は風ではなく虫や鳥に託しています。

バラやヒマワリ、カーネーションなど、私たちが日ごろ生ける花の多くはハエやハチ、チョウなどがポリネーターになっています。ツバキ、サザンカ、ビワ、ウメ、モモ、そしてハイビスカスは鳥媒花です。モモやウメは虫媒もありますが、開花するとメジロやウグイスが到来するのは、彼らが花粉の媒介を担っているからです。

なかには、コウモリやネズミなど哺乳類がポリネーターとなる花もあります。夜行性であるコウモリの性質を利用して夜に開花するものや、視力が良くないコウモリに気づいてもらえるよう、暗闇でも浮かび上がるような白い色をした花や、強香を放つものが多いようです。例えばサボテンの月下美人などはコウモリが花粉を媒介しますし、バナナ、バオバブなどの一部の品種もコウモリが媒介者です。

はたまた、ネズミなどの小動物が花粉を媒介することもあります。南アフリカやオーストラリアに自生する植物に多く、ネズミがアクセスしやすいよう低い位置に咲く花、夜間に咲く花や、強香を放つ花が多い傾向にあります。ネズミが花の蜜を舐める際に、顔やひげに花粉が付着し、別の花へ運ばれるしくみで、プロテア属やバンクシア属、ピンクッションなどがネズミの力を借りて受粉するようです。

 風にも動物にも頼らず、水に媒介を頼む水媒花(すいばいか)といいます。バイカモ(梅花藻)などの水生植物がそれにあたりますが、風媒や虫媒よりも水中や水面で安定して花粉を運べる利点があるようです。それぞれの環境で生き抜くために、花粉媒介者を選んで進化しているのですね。

引き寄せられているのは虫や鳥ばかりではありません。現実的には私たちヒトも魅了されています。そしてさらに、まだ見ぬ美しい花を求めて、人工交配を施しているのですから、ある意味私たちもポリネーターといえるかもしれません。

花粉とは?

花粉は、植物が繁殖のために欠かせないものであり、また私たち人間社会にとっても品種交配をする上で必須なものです。異なる品種の花粉が受粉すると、遺伝的に多様な子孫が生まれ、見た目ばかりでなく、耐病性の強いもの、生産性が高いものなど品質も新しい特性を持つ品種が生まれることがあります。現在の私たちの生活を彩る花や食卓に上がる食料においても、花粉があるからこその賜物なのです。

以前、テレビの某ニュース番組で、花粉症に悩むアナウンサーのすぐ後ろにコチョウランが飾られ、大変華やかな雰囲気を演出していました。すると、「アナウンサーが花粉症なのに、花をすぐ近くに置くなんて、これではかわいそうだ」という話が紹介されていましたが、これはややナーバスになりすぎのように思いました。コチョウランは虫媒花で、花粉塊というねっとりと粘着性のある花粉の塊になっています。なにもせずに花粉が自然に空気中に飛び出して浮遊することはないでしょう。スタジオに置いてあっただけで花粉症の人に直接的な影響があるとは考えにくいと思います。

会場装飾では風媒花であるスギやヒノキの開花しているものを使用しない限りは、贅沢に花を使っても花粉が飛散することはないでしょう。ただ、花粉や小さな花弁、蕊(しべ)などが落ちやすい花材はあります。それが室内のホコリと一緒に舞い上がったりすると、室内環境には良い影響を与えませんので、注意が必要です。 ちなみに、国民病とも呼ばれる花粉症の対策として、林野庁は無花粉スギの開発に成功しました。今あるスギを無花粉スギに植え替え、令和15年度までには花粉の発生源となるスギの2割を減少させるとともに、スギの苗木生産のうち9割以上を花粉の少ないものにするとホームページで発表しています。徐々にではありますが、日本人のスギの花粉症は緩和されるものと期待したいです。

文責 株式会社 大田花き花の生活研究所 内藤 育子
*写真はイメージ

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