仏花のイメージを払拭して進化したキクが続々登場しています。それは、種苗会社や生産者の弛まぬ努力の賜物と言えます。呼称もマムを浸透させ、洋花のイメージもプラスし、デザイナーの制作意欲を刺激しています。後編では様々な現代のマムを紹介します。
前編では、いかにお盆やお彼岸を中心とした国内の花き消費の中でキクが重要なポジションを占めているかについてご紹介しました。
ところが、お盆やお彼岸ばかりではなく、日常生活におけるご家庭での花消費が増えた昨今、洋風な雰囲気を持つ品種も多く流通するようになりました。その陰には、種苗会社各社の品種改良への弛まぬご尽力や、生産者様・出荷者様の新品種の提案やマーケティングへの取り組みがあります。それらの積年にわたる取り組みが奏功し、従来のキクの概念を超えた商品が提案され、中には現在は日本の切り花キクの流通に大きなインパクトを残すものもあります。今回は、その提案や取り組みの一部をご紹介いたします。
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呼称の変更「キクからマムへ」
“キク”という呼称が持つ仏花のイメージを払拭すべく、生産者様や出荷者様がキクを洋花として使っていただけるよう“マム”という呼称を普及してきました。現在では「マム」としてかなり定着してきたように思います。
マムとは英名ですが、もともとはキクの学名であるChrysanthemum(クリサンセマム)の最後の-mumからとった呼び方です。オーストラリアでは、お母さんの意味の“Mom(マム)”とキクの“Mum”をかけて、母の日にはキクの花が贈られるといいます。
ディスバッドマムの拡大
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フラワー・オブ・ザ・イヤーOTA2024で最優秀賞を受賞したのはディスバッドマムのクラシックココア。淡いココア色のシルキーな質感、ぽってりとした花弁の抱え咲きで、レトロな雰囲気が印象的。JA愛知みなみ赤羽根洋花部会ALL4MUM(オールフォーマム)様のメンバーが育種されました。フラワー・オブ・ザ・イヤーOTAでキクが最優秀賞を受賞したのは、2024年20回目にして初めてのことです。
キクをその形状から大きく分類すると、白ギク・黄ギク・赤ギクなどの「輪ギク」、仏花に欠かせない「小菊(コギク)」、品種が多彩な「スプレーマム」がありますが、これらのカテゴリーと肩を並べ、仏花と異なる用途の一輪仕立ての「ディスバッドマム」があります。 ディスバッドマムとは、dis-(取り除く)+bud(ツボミ)で、ツボミを取り除いたキクという意味。生産過程でツボミを取り除き、植物が持つエネルギーを一輪に集約したおしゃれなキクのことです。
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アナスタシアやピンポンマムなどもディスバッドマムに類します。2015~16年頃からこのディスバッドマムの品種量と流通量が増え、一つの品目カテゴリーにまで躍進しました。現在、大田花きに流通するディスバッドマムは320品種ほどあります。ディスバッドマムと同じ年間流通本数500万本前後の品目であるヒマワリは約60品種、染め品種が増えたスイートピーにおいても300品種くらいですから、ディスバッドマムがいかに多いかおわかりいただけるかと思います。これもひとえに、豊富にあるキクの品種を皆さんに楽しんでいただきたいという出荷者の思いの表れと言えるでしょう。
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用途拡大に向けたマーケティング
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60cm規格でありながら、1本でこの花付きは素晴らしい
2016年、スプレーマムの「カリメロ」がフラワー・オブ・ザ・イヤーOTA特別賞を受賞しました。シリーズで11品種を展開するカラフルな小輪ポンポン咲きのスプレーギクです。カリメロはベトナムで生産され、輸入商社のグリーンウイングス様が輸入しています。このカリメロがキクとしても、輸入品としてもフラワー・オブ・ザ・イヤーOTA受賞初という快挙を成し遂げることになりました。
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グリーンウイングス様は、仏花需要がメインだったスプレーマムの用途を、「みなさんに気軽に使ってもらえるマム」として拡大していくことを目的として、ブランディングに取り組んでいます。その一つが“カリメロコンテスト”。ハロウィンやイースターなどをテーマにカリメロを使った作品を募り、大田市場にてコンペを開催しています。
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フルブルームという新しいジャンルの登場
同じ白ギクでも、満開にして(full bloom)出荷することで、これまで気づかなかった新しいキクの魅力が提案されたのが「フルブルームマム」です。ソフトボール以上にもなるサイズまで満開に仕上げたフルブルームマムは、主に大きな会場での装飾や婚礼などに使われます。そもそもは、JA愛知みなみ輪菊部会の皆様が開発したもので、圃場で満開に咲かせることで、通常の切り前(*1)からでは得られないボリュームのあるキクの姿になります。昨今ではスーパーマーケットの花売り場でも見かけるほど浸透してきました。
*1 切り前(きりまえ)とは、切り花を収穫する前の段階を指します。この段階では、花の開花状態や茎の健康状態を見極め、最適な収穫時期を判断することが重要です。
(スーパーマーケットの生花売り場で販売されていたフルブルームマム)
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通常の仏花と比べると、明らかにサイズが異なる
定着した染めのマム
さらにフルブルームマムを染めたものも素晴らしく、思わず花の前で立ち止まってしまうほどです。あるいは、スプレーマムや輪ギクでも様々なトレンドカラーに染めたものなど、品種開発や呼称以外の取り組みもとどまるところがなく、国産・輸入問わず、その新提案には目を見張るものがあります。レインボーカラーやパステルカラーばかりではなく、ニュアンスカラーやアースカラーなど、デザイナー魂を刺激するような微妙な色合いのものも提案されています。
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キクの呼称が変わったり、新しいディスバッドマムというジャンルができたり、同じキクながら開花ステージを変えて今までにないキクを提案したりと、キクのマーケットは過去に例を見ないほど盛んになっているといえるでしょう。洋花として使えるバラエティーも増え、キクはますます汎用性が高く、私たちにとってなくてはならないアイテムとして進化しています。
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「いいマムの日に大切な人へ贈るブーケ」コンテストより 主催:OPTIMUM
キクの始まりを紐解けば、初めて文献に登場するのは紀元前200年頃、中国の『禮記』(礼記/らいき)にキクの記述があります。この時のキクは観賞用ではなく、不老長寿の薬効を目的としたものでした。日本へは奈良時代に薬用植物として伝わりました。9月9日重陽の節句には長生きのためにキク酒を飲んだり、酒を飲まなかったであろう女性や子どもたちは、キクの花に綿をかぶせて(着せ綿)、キクの香りを綿に移し、その香りの綿で体を拭ったりしていました。そうすることで、不老不死や長寿の霊力を授かれると信じられていたからです。なぜ不老長寿の縁起物とされたのかは定かではありませんが、おそらくはキクが丈夫で、生命力があり、日持ちも良かったからでしょう。
また、天皇家の紋章になっているのは、鎌倉時代に後鳥羽上皇がいたくキクの花を気に入られて、刀剣や身の回りの品々に菊花文様を付けたのがきっかけとされます。多才で知られる後鳥羽上皇は、和歌や管弦、書画、蹴鞠、笠懸、武道とあらゆるものに秀で、公卿の九条兼実をして「幼主ひとえに成人の如し、見る者奇異の事と称す」と言わしめます。つまり、幼い後鳥羽上皇は、年齢に見合わないほど立派で、まるで大人のように振る舞う姿があり、それを見た人々が「なんと驚くべきことだ」と称賛したということです。幼い頃から後鳥羽上皇が優れた資質や品格を持ち、特別な存在として周囲に認識されていたことがうかがえますね。
そのようなカリスマ的な存在でもあった後鳥羽上皇が自分のお印としてキクを愛でたものですから、その影響力は大きく、後の深草天皇(第89代)、亀山天皇(第90代)、後宇多天皇(第91代)もまた菊紋を用いたことで皇室の紋として定着したようです。
現代においてなお、これだけ豊かに発展するキクを見ていると、後鳥羽上皇、またそのあとの歴代天皇がお気に召されたのもうなずけます。国内切り花流通の約4割(国産輸入合計で38%)を占めるキクを、800年近く前に“この花が素晴らしい、私の紋章にする!”と白羽の矢を立てたのですから、後鳥羽上皇はかなり芸術的センスに秀で、見る目があったといえるでしょう。
現代の切り花流通においても、今後登場する新しいキクに注目しつつ、益々進展するキクのマーケットに期待したいと思います。
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大田市場内に突如として出現した圧巻のマムウォール(両面) 制作:堀 文則
参考文献:
『キク大事典』 農文協
柴田道夫、『花の品種改良の日本史』 悠書館
『日本花き園芸産業史・20世紀』花卉園芸新聞社
写真/株式会社 大田花き花の生活研究所
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