今や染めの花は、日本の花き業界の重要なポジションを担う一員といっても過言ではないでしょう。その染め花の浸透を思うと、現代社会における多様性の写し絵のようにも見えます。20年ほど前は染めの花への抵抗感を持っていらしたとしても、今は使えるという方も多いのではないでしょうか。それはここ10年足らずの間に大きく進展した染め花マーケットに理由があるでしょう。その発端がどこにあり、どのように定着したかを考察しつつ、最後に現在流通する驚きの染め花をいくつかご紹介したいと思います。
染め発展のステージ
ステージ1 ない色を補う
国内切花流通における染め花の先駆けは、食品の着色料を吸わせて黄色、青、そしてその2つを混ぜて緑に染めたスイートピーで、すでに昭和30年代には染められていたようです。とりわけ黄色いスイートピーは新春から早春に流通する花でありながら、本来黄色の遺伝子がないとされ、この時期を明るく彩る黄色い花として使ってもらえるようにスタートした取り組みでした。恐らく、市場の方からこの時期にこの色がほしいという要望を受けて、生産者さんが取り組み始めたものと思われます。
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現在は生花専用の染色液が使われていますが、「スイートピーイエロー」といえば、年間300種以上流通するスイートピーの品種の中でも、流通量は不動の1位です(大田花き)。流通量も多い上に、その“染め具合”の完成度があまりにも高いので、染めと気づかず使われていらっしゃる方も多いと思います。
そのほか、紅葉を演出した染めユキヤナギ、年末年始の金銀塗り柳などは、季節の定番商品として昭和期から流通していましたが、それ以外は長い間染め花の拡大は見られませんでした。経済の成長とともに、洋花の生産拡大と量の確保が優先されたということかもしれません。
ステージ2 売れない対策
そのような生産主導の時代にピリオドを打った1997年以降、それまでのようには花が売れなくなり、花き流通業界では盛んに「マーケティング」が叫ばれるようになりました。「ユーザーが欲しいものを出荷する」方向に舵を切ったのです。
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新たに染めの取り組みが始まったのも、マーケティングの一例だったと言えるでしょう。ヒントは海外の花にありました。源流の一端は、2024年頃から輸入された真っ青のバラ(ベンデラブルー)にあるのではないでしょうか。白い「ベンデラ」というバラが、目が覚めるような鮮やかな青に染められたものが輸入され、マーケットでは話題の的でした。しかしこの時点では、まだキワモノの域を出ず、一般の生花店ではなかなか使いきれないアイテムでした。ベンデラブルーを皮切りに、染め花は少しずつその領域を広げていきます。
次にお目見えしたのは、オランダから輸入されたレインボーローズです。最初に見たときには誰もがその奇抜さに驚かされたことでしょう。マーケットに確実に刺激を与えたアイテムではありますが、これまた話題提供といった立ち位置で、本当に必要としていた生花店はごく一部に限られていました。
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一方で、輸入のバラに刺激を受けてか、2005年頃から国内の生産者さんによってあらゆる品目において染めやラメ加工の試みが始められました。その背景には国内の長引く景気低迷がありました。裏を返せば、切花の販売が思うようにいかず、少しでもオモシロイものや驚きのあるものをマーケットに提案しようと、試行錯誤された生産者さんの提案だったと言えるでしょう。
黒く染められ、さらにはラメも施されたのはカーネーションなどの大品目ばかりでなく、リキュウソウやマツカサさえも染めラメの提案がなされました。そして、染め提案は鉢物にも及びます。グレーの水玉模様を施したポインセチアなど、それまでに誰もやったことのない奇抜な発想であらゆるトライアルがなされては、マーケットのニーズがどこにあるか探っていました。
大田市場内の仲卸さんの店頭でも、ラメ加工が施された「キラキラコーナー」なるものがポップアップで登場したり、どうすれば花が売れるのかトライアンドエラーを繰り返し模索したものでした。 とはいえ花が売りにくい時代、生産側から盛んに提案された2000年代初頭は、フラワーデザイナーさんや生花店さんなどからは「花を染めることは自然への冒涜!」「染められた花を使うなんて邪道!」という声が聞かれたことも事実です。そのような世相もあり、あちこちで試行錯誤の上、提案された商品はなかなか定着することはありませんでした。
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ステージ3 業務用提案
このステージをいち早く抜け出して、染め花を定着させて市民権を得たのはカスミソウといっていいかもしれません。当時は白しか流通していなかったカスミソウのバリエーションを増やすべく、ブルー、グリーン、イエロー、レッド、パープルなど染め商品が定着していきました。川上(生産者)から継続して提案したことも奏功したのではないでしょうか。小売店さんなど販売する側が好きか否かに関わらず、目新しい染めのカスミソウが生活者に求められるようになり、葬儀の装飾、スーパーの生花売り場など日常的に見かけるようになりました。
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染め花が様々なデザインに取り入れられるようになってきました
ところが生産者さんに伺うと、カスミソウを吸わせ方式で染め始め、その後も継続的に行っていた真意は別のところにあったようです。それは、カスミソウ出荷前に施す前処理剤がきちんと吸収しているかどうかを確認するためでした。エチレンの影響を受けやすいカスミソウは、出荷前にSTS剤(※)による前処理がマスト。しかし、植物がSTS剤を吸えているのかどうか見た目ではわかりません。作業日が雨天だったり湿度が高かったりすると、水分の蒸散が少ない分、水揚げが滞りSTS剤を吸いにくくなっている可能性があります。そこで、水揚げができているかを可視化する手段の一つとして染液を吸わせ、十分にSTS剤を吸収しているどうかを花の染まり具合で確認したのです。つまり品質チェックの取り組みだったというわけです。
※STS(チオ硫酸銀錯塩)剤:老化ホルモンであるエチレンへの反応を阻害し、植物が老化したり萎れたりするのを防ぐ役割がある。STS水溶液で切花を水揚げし、吸水させることを前処理といい、主にカスミソウやカーネーション、デルフィニウム、スイートピーなどの品目において行われる。
ステージ4 個性派の誕生
2016年を過ぎた頃、カスミソウに追随するようにあらゆる色に染めた品種を定番化するようになったのはスイートピーではないでしょうか。スイートピーはどの品種もおよそ似たようなフォルムとサイズであるため、差別化の道は限られてきます。そこで、染めの技術において発展を遂げ、カラーバリエーションを増やしていくことで道を拓くことに成功しました。また近年は、地色にさらに同色系をあえて吸わせる技術で、その質感をも変える提案もなされ、ファッションのような感覚で毎年提案されるスイートピーには目を見張るものがあります。切花流通の中で随一のカラーバリエーションを誇るスイートピーは、独自に第三の道を歩み始めたといっていいでしょう。
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スイートピーに限らず、現在の染めアイテムは売りにくいから染めるのではなく、マーケットの多様なニーズに応えようという能動性が感じられます。嗜好品である花のニーズは微細でありながら変化も早く、その変化を誰にも止めることはできません。一方で、農業生産はその変化をキャッチアップして毎年生産品目・品種を変更するのは大変な投資とリスクが伴います。 染めの提案なら手間とコストはかかるものの、小回りが利き、昨日までなかった品種を今日提案することも(理論上は)不可能ではありません。ないものを補う染めから潜在ニーズさえも先回りして開拓するスタイルへ。嗜好品を供給される生産者さんの姿勢とセンスの良さには脱帽するばかりです。
染めの取り組みはもちろんカスミソウやスイートピーばかりではなく、キク、カーネーション、ガーベラ、さらにユリ、ケイトウ、センニチコウ、アスチルベ、チューリップ、コチョウラン、ネイティブフラワーなど、国産輸入を問わずあらゆる品目で見られます。いずれも完成度、芸術性も高くエキセントリックに染められた花が初めてマーケットにお目見えするときは、いつも驚かされます。
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染め品種はいかに完成度を上げつつ、青や黄色などその品目にない色を補っていくケースと、グレーやレインボー、水彩画のような模様などナチュラルではありえない個性派とに分かれてきたように思います。もはや染めか否かを判断するのはナンセンスなほど、いずれも素晴らしく、フラワーデザイナーさんだったらきっとそれらの個性を作品に生かしたいと思うことでしょう。
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誰が使うの?
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このような染の花がどこで使われているのかと思われる方がいらっしゃるかもしれません。 一つには、日常の販売商品の中に使われます。母の日の定番商品といえば赤やピンクのカーネーションですが、ここ2、3年はブルーに染められたカーネーションもカタログなどで提案されています。
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また、ファッションの商業施設の新規開店のお祝いスタンドで、ブルーグレーに染められたピンク地のカーネーションが使われていました。
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某高級デパートの店内装飾では、青く染められた赤い石化ケイトウも。コンサバティブなデザインでは難しい”攻め色“も、トレンドに敏感な顧客向けなら受け入れられます。
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販促デザインにも染め花が取り入られるようになってきました
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「推し活」にも重宝されているようです。推し活とは好きなアイドルやキャラクター、声優さんなどの活動を応援する活動のことで、イベントなどがあるとそのキャラクターカラーをもとにフラワースタンド(通称:フラスタ)を贈って応援します。その推し活専門の請負フローリストがいます。キャラクターが持つ独特な世界観を理解して如何に忠実に再現するかが腕の見せどころ。ナチュラルか染めかに拘らず、正確な発色が求められます。
ある日、事務所で電話を受けました。一般の方からのお問い合わせで、「レインボーに染めた花を入手したいが、どこで買えるだろうか」と。代々木公園で開催される多様性のイベントで使いたいとのこと。つまり、性的マイノリティが偏見に晒されず、より自分らしく生きていける社会の実現のために毎年行われるイベントで使いたいということでした。社会が多様化すれば、花の多様性も受け入れられ、多様化した社会に適った花もまた求められるようになります。切花の流通は社会の反映でもあるように思えてならないのです。(記/大田花き花の生活研究所 内藤育子・写真提供/大田花き花の生活研究所)
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