花が市場から流通するわけ

マーケティング

海外を転戦するプロテニスプレイヤーの錦織圭選手ですが、久々に日本に戻ってきて、インタビューを受けた時の話。「日本のいいところは?」と聞かれ、おいしくて良質な野菜や果物をどのスーパーでも安価に手に入ることと答えています。その時、花には言及していませんでしたが、もちろん花においても生鮮品という意味では同じことが言えるのではないでしょうか。

みなさまもスーパーで買い物をするときに、野菜一つひとつをそれほど入念にチェックしなくても、手前のものからカゴに入れていけば、それほどハズレをひくことはないでしょう。しかも1年中ほぼ「いつでも」「どこでも」ですよね。それが安心して買い物ができるということであり、これこそまさに卸売市場の機能の賜物といっていいかもしれません。

海外の青空マーケットでは、一つひとつの個体を入念にチェックしなければ、ハズレを引いてしまう可能性は大。そのため、安心して高品質のものを買うには、それなりに定評のある高級スーパーまで足を運ばなければなりません。

とはいえ、日本のスーパーマーケットに並ぶ食料生鮮品・花きのすべてが卸売市場を経由しているわけではありません。それぞれの品目によって性質があり、卸売市場を経由して販売されるものと、生産者さんやJAなどの出荷団体が直接小売店に販売するケースとがあります。

次のグラフをご覧ください。最も市場経由率が高いのは花き(※1)で2020年は74.1%。データが公表されている32年間の平均でも最も高く、また下落率も最も低いのが特徴です。

【卸売市場経由率の推移】データ元:農林水産省(2024年2月)

なぜ、花きは市場経由率が高いのでしょうか。生産者さんが卸売市場を使った場合の手数料率は、花きが最も高いにもかかわらずです。それにはいくつかの理由があります。

※1 「花き」(かき)とは観賞用植物の総称。花ものばかりではなく、枝物や盆栽、丸太、稲穂、カボチャ、門松など、見たり飾ったりして楽しむ植物はすべて「花き」に含まれる。漢字では「花卉」と表記する。「卉」は草花が大地から芽を出す様子の象形文字に由来しているが、常用漢字ではないため、ひらがなが使われることが多い。

花きの市場経由率は高い

その1 取り扱い品種数が群を抜いて多い

花きの年間流通品種数は、切花と鉢物を合わせて2万種以上あります(当社カウント)。切花のバラだけでも年間700種ほど流通します。一方、魚は年間流通品種約500種、野菜は1,500種から多くても2,000種とそれぞれの卸売会社の人から聞いたことがあります。花きの品種数がいかに多いかわかるでしょう。野菜よりマーケット規模が桁違いに小さいにもかかわらず、品種数がダントツに多く、生花店さんは例えばバラだけでも常に数種類は揃えておく必要があります。市場経由率が高いのは、少量多品種という花きの性質によるところが大きいのです。

その2 生産者さんの経営規模が比較的小さい

例えば野菜の場合、約60%はJAなどの生産団体、そのほか輸入商社が約11%で、個人生産者は約6%と、1割にも満たないのです。しかし、花は45%ほどが生産団体で、個人生産者は37%ほどいらっしゃいます。輸入商社は10%くらい。個人で生産・出荷されている方が多く、取引の経営規模が小さいのが特徴です。

その3 小売店さんの経営規模が比較的小さい

全国の小売店は約16,000店と発表されています。このほかにスーパーマーケットやGMS(総合スーパー)などでも花売り場があります。全国展開されているスーパーマーケットやGMSのバイヤーさんは力がありますが、全体的に生花店は家族経営など小規模で行っているところが多いのが実情です。

小売店さんが市場を介さず、毎回それぞれの生産者さんから多品種を集めるのは、その手間を考えれば現実的ではありません。卸売市場で仕入れれば、欲しい花を欲しい分だけ揃えることができます。また生産者さんも経営規模の大小にかかわらず、あちこちの小売店さんと直接取引をすれば、代金回収やクレーム対応などに手間と時間を取られ、花を生産している場合ではなくなってしまいます。そこで出荷先を市場に絞り、集金やクレーム対応などを市場が代行することで、生産者さんは生産に集中し、その時間や労力を未来に投資することができるのです。

花の業界ではこれらの「取引の零細性」から、小売店と生産者が直接するのは、なかなか非効率なのです。そこに卸売市場が介することで全体の煩雑性が解消され、総合的には効率的になるのです。

ここからが難しいところですが、だからといって市場経由率が高いほどいいというわけではありません。

そもそも卸売市場誕生の経緯は、第一次世界大戦中の米騒動(※2)や大正12年の関東大震災、第2次世界大戦後に横行した闇市など、国民の生活がままならないほどの混乱や災害を経て、国民の生活に欠かせない生鮮品流通が滞ることのないよう、政府が卸売市場流通を整備していったのです。ですから、もちろんコロナ禍中も卸売市場業務は止まることはありませんでした。卸売市場は社会のインフラとして機能しているのです。

※2 第一次大戦中による好景気に加え、シベリア出兵を見越した米商人の買い占めにより、米の価格が高騰。生活者は米が買えないと暴動を起こした。1918年富山の米騒動が象徴的だが、全国各地に派生していった。

では、市場を経由しないものはどのようなものがあるでしょうか。一つは、道の駅などの直売所がそれに当てはまります。生産者さんが直接売り場に持ち込み、ご自身で値付けをした上で店頭に陳列します。この場合、生産者さんも生産物すべてを直売所に持って行くのではなく、多くは卸売市場に出荷し、規格外のものや数量がまとまらなかった品種などを道の駅に持ち込むことが多いようです。

あるいは、葬儀などの花装飾を担当する企業が一つの品種を大量に必要な場合は、卸売市場を介さずに出荷者から直接買い付けをすることもありますし、母の日などの大イベントに同じ品種を大量に必要とした場合、契約先から直接仕入れることもあります。

一般的には、社会経済の発展にともない、人々の生活が多様化すると生鮮品の流通は活性化しますので、市場経由率は下がる傾向にあります。市場経由率が高ければいいわけではないというのはそういうことです。

最近花の市場経由率が前年を上回ったのは、2011年と2020年。ここでピンときた方もいらっしゃると思います。2011年といえば東日本大震災が発生した年ですし、2020年は新型コロナウイルス拡大元年です。天変地異ともいうべき大災害が起こった年は、市場経由率が高くなる傾向があるようです。それだけ社会が不安定で花きの出荷量が減り、消費も一時的に減るころで出荷先を失い、卸売市場流通に集約される傾向にあるのです。

花きの市場経由率が高いのは、構造的なことに由来するいくつかの理由があり、卸売市場を使うことで生産者さんも小売店さんも、そしてもちろんフラワーデザイナーさんや生活者のみなさんもメリットを享受していることに違いありません。しかし、花き流通が活性化し市場経由率が下がることもまた、平和と安寧の象徴でもあり、経済発展の証といえるのかもしれません。(記/大田花き花の生活研究所 内藤育子・写真提供/大田花き花の生活研究所)

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