前回は花の呼称がいくつも存在する理由について紹介しました。
今回は、花の品種名の不思議に迫ってみたいと思います。
カサブランカとザンベジの共通点?
アジサイのババリアやユリのザンベジ……きれいな花を販売したいのは花を取り扱う者としては同じ気持ちでしょうに、マーケティングの観点からすれば、マイナスプロモーションになりかねない名前が付けられていることがあります。なぜそのようなことになるのか、その謎を紐解いてまいりますので、ぜひ最後までお付き合いいただければと思います。
きっかけはある日、仕事中に受けた1本の電話でした。
「ありがとうございます。大田花きでござぃ……」と言い切る前に、「ちょっとあなた!どうしてこんなきれいなアジサイにババリアなんて名前つけるのよ。せっかく母の日でたくさん売りたいのに、こんな名前じゃ売れやしない」と、ただならぬ剣幕でまくしたてられました。大田花きで母の日用にアジサイをご購入くださった買参人(ばいさんにん)さんからのお電話でした。
「名前を変えてでもなんとか売ろうかと思ったけど、品種名入りのきれいなタグが付いているから、タグを外したら商品の価値が下がってしまうし、どうにもできない。もうちょっと販売する人のことを考えて名前つけたらどうよ。市場としてこういうことを●×◇▼※§Θ■Ψ・・・(以降30分つづくお話は割愛)」
金切り声でまくしたてられた時はさすがに面喰いましたが、いろいろお話を伺っているうちに言われてみればその通りと思うようになりました。販売する方からしたら、せっかくきれいなアジサイを仕入れて店頭でお客様に紹介したいのに、名前が障壁となって最後の一歩で売り損ねてしまうのは機会損失です。
もちろん、そのアジサイに命名したのは私でもなければ、大田花きでもありません。卸売市場は入荷した商品の名前を変えて販売してはいけないというルールがあるので、生産者さんからその名前で出荷されたというわけです。
なぜ「生産者さん」はその名前で出荷したのか
生産者さんが日本の種苗会社(代理店)からその苗を購入した時に、すでにババリアという名前がついていたから。
なぜ「日本の種苗代理店」がその名前で苗を販売したのか
その品種を開発したオランダの種苗会社がババリアと名前を付けたから。
なぜ「オランダの種苗会社」がババリアと名前を付けたのか
ドイツにあるバイエルン地方のことを英語でババリアといい、そこに佇む美しい湖の青にアジサイのきれいな青を喩えて英語で「Bavaria」と命名したから。
話は逸れますが、お菓子の名前にもなっているババロア(バヴァロア)も、「バイエルン地方の」を意味するフランス語で、もともとはバイエルン王国の貴族のために作られたお菓子であることに由来します。アジサイのババリアもバイエルン地方のことだったのです。
それを調べた後にお電話をくださったお客様にご説明したところ、「なるほど、それならこの美しいアジサイの名前になった理由もわかるわ。このアジサイは初夏からずっと咲いていて、日を追うごとに次々と色を変え、様々な表情を楽しめるの。その美しい自然に囲まれた湖面の色さえも思い起こさせるわよ。そのようなことがわかっていれば、お客様にも説明できるし、母の日にもらう方もただの“ババリア”よりは100倍いいわよね」と、まるで電話をかけてきた方とは別人のように理解を示してくださいました。とはいえ、ババリアのままでは確かに売りにくいですよね。その名前が一因となったのかはわかりませんが、結局ババリアは2008 年ころから流通しはじめ2022 年頃まではわずかながら出荷がありましたが、最近はあまり見なくなりました。
どう呼ぶか問題
海外で命名された種苗(品種)が、日本に導入されたときに「どう呼ぶか問題」は、なかなか難しいことではあります。ババリアは、「どう呼ぶか問題」に引っかかった典型的な例といえるでしょう。
また、新品種に命名するときには、育成者(その品種を生み出した人)のポリシーや考えを見て取ることができます。例えば、オリエンタルユリは地名が付けられることが多々あり、すべてではないにしても地名を採用するという一定のパターンで命名しているものと思われます。
日本でよく知られている「カサブランカ」は良い例ですね。オリエンタルユリの品種の1 つでありながら、なんだか「オリエンタルユリ」という名前より有名になってしまい、白くて大きなユリを見たら“なんでもカサブランカ”現象が全国各地で多発しています。
ご存知の通り、カサブランカは北アフリカの国モロッコ最大の都市に由来した名前です。
オリエンタルユリの中で、現在最も流通量が多いシベリアはいわずと知れたロシア~アジア東部の氷雪地帯。ソルボンヌという品種もありますが、これはパリの地区名に由来したもの。フランスでも最古の歴史をもつソルボンヌ大学をご存知の方も多いでしょう。アジサイといいオリエンタルユリといい、オランダで開発された品種は地名が付くケースが多々あるようです。
ザンベジという品種も人気品種の一つですが、「ザンベジって何?」と思いませんか。この品種は抜けるように白く、花弁の表面もシルクのように高級感があり、ピカイチすべすべしています。それなのに、名前は濁点たっぷりのザンベジって!?
これはアフリカ大陸で4 番目に大きい川の名前です。またその上流にはザンベジ国立公園もあります。
ザンベジとはトンガ語で「偉大な」を意味します。ザンベジ川には、ユネスコの世界遺産にも登録されているビクトリア滝があり、川沿いにはいくつもの豊かな公園を擁し、ヨーロッパの人からすればいつか訪れたい憧れの地でもあるのです。それを思えば、シルクのような艶肌のユリに、憧れのザンベジを命名した理由も理解できるというものです。
ガーベラで「スリ」とか「ベルゴミ」など、私たち日本人にとっては色も花のイメージも思い浮かばない品種名があるのも、海外(主にオランダ)で育種されて命名された品種だからです。
親しみやすい名前
一方で、親しみやすい名前が付けられているケースもあります。例えばダリア「ミッチャン」は、この品種を生み出した秋田県の育種家・鷲澤幸治さんの命名によるものです。
「黒蝶」「かまくら」「浮気心」……たくさん新品種を生み出すあまり、品種を開発することより名前を付けるほうが大変になってしまい、鷲澤さんのところで働くパートさんの愛称を付けたといいます。きっとミッチャンは人気者だったのでしょう。
あるいは、スプレーカーネーションの「ひよこ」や「ぶどう」「あられ」など、3 文字のひらがな表記で、商品を見なくても色までわかってしまいそうなネーミング例もあります。
茨城県の育種家・沼田弘樹さんによって付けられた名前で、「お花屋さんが覚えやすいよう」「生産者さんの作業簡易化のため(出荷する際、出荷箱や送り状など、あちこちにたくさん文字を手書きするのは大変!)」「名前で色が想像できるよう」という3 つの柱を基本にして名前を付けるのだそうです。日本語の分かりやすい名前は、生みの親が日本人であることがわかるばかりでなく、その生みの親(育種家さん)のポリシーまで伝わってくるものですね。
品種名は原則的にその品種を開発した人や企業(生み出した人)が付けています。私たち日本人にはわからない場合は、海外で育種された品種である可能性が高いでしょう。だからこそ、海外の種苗会社は誰もが知っているであろう地名や人の名前などを採用することもあるのです。もし興味が湧いたら品種名の由来を調べてみると、その花の魅力や背景にあるストーリーを理解できることもあるものです。わかりにくいこともありますが、ちょっと立ち止まって調べてみると、何かおもしろいことが見えてくるかもしれません。(記/大田花き花の生活研究所 内藤育子・写真提供一部/株式会社大田花き)
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