第1回は、花の名前についてご紹介したいと思います。今回はその前編です。
花の名前はなぜいくつもある?
早速ですが、この花の名前は何でしょうか。
トルコギキョウ?トルコキキョウ?リシアンサス?ユーストマ?なぜこんなに選択肢があるのか不思議に思う方もいらっしゃるかもしれません。答えは今回のコラムの中でご紹介させていただきたいと思います。
さて、わたしたちが日頃接する花の名前には、大きく分けて学名、英名、和名と3つあります。学名とは、すべての動植物に付けられた世界共通の名前で、ラテン語で付けられます。例えばバラの学名はRosa(ロサ)、英名はRose(ローズ)、和名はバラですね。和名のバラは「茨(いばら)」(=トゲのある低木)に由来しているといわれます。
また、ユリなら学名はLillium(リリウム)、英名はLily(リリー)、和名はユリと、なんとなくどれもなじみがありそうなものもあれば、カスミソウのように学名はGypsophila(ジプソフィラ)、英名はBaby’s breath(「赤ちゃんの息」ほのかに匂うからでしょうか)、そして和名がカスミソウというように、全く異なるものもあります。
はたまた、スイートピーのように学名はLathyrus(ラシルス)ですが、英名のSweetpeaをそのまま日本語の呼称としても採用するものもあります。ちなみにスイートピーの和名はジャコウレンリソウ(麝香連理草)やジャコウエンドウ(麝香豌豆)で、いずれも香りがするマメ科の花という意味です。中には、コスモスのように学名も英名も和名も同じというものもあります。
このように、私たちが日ごろ接する花の名前は、和名をとったもの、英名をとったもの、学名に由来するものと、大きく3つに分かれます。
① パターン1 和名をとったもの
バラ・ユリ・キク・シャクヤク・ヒマワリ・スズラン・カスミソウ・スミレなど
② パターン2 英名をとったもの
スイートピー・カーネーション・ライラック・カラー・クリスマスローズ・スモークツリーなど
③ パターン3 学名に由来するもの
ラナンキュラス・アルストロメリア・グラジオラス・カンパニュラ・ヒアシンスなど
花き流通の世界では学名と英名と和名が混在しています。文化や習慣、便宜と学術上の分類、導入の歴史など様々な事情が交錯しているからでしょう。
パターンに当てはまらない花たち
ところが、これらのどれにも当てはまらず、私たちを惑わせる名前の花があります。冒頭にご紹介したこの花です。
ここでは仮にトルコギキョウと呼ぶことにします。学名はEustoma(ユーストマ)、英名はTexan blue bell(「テキサスの青いベル」原産地が米国テキサス州周辺であることから)です。でも、生花売り場で「リシアンサス」と紹介されていることがあります。リシアンサスとは何に由来した名前なのでしょうか。 実は、「以前の」学名なのです。学名はその植物の分類に因むものなので、分類が変わると学名も変わるのです。ところが、リシアンサスという言葉の響きが、この花の華やかさにふさわしいからでしょうか、生花店さんによってはリシアンサスという名前を今でも使って販売することもあるのです。
このようにトリッキーな名前を持つ花がいくかあります。例えばスターチス。リモニウムと呼ばれることを聞いたことはありませんか。スターチスの学名はLimonium(リモニウム)ですが、以前はスターチス属に分類されていたので、その学名のまま呼称が定着しました。分類がイソマツ属(リモニウム属)に変わったのはスターチスの名が定着したあと。なかなかこの呼称を変えることができず、いまでも広く一般にスターチスという名前で流通しています。
ブルースターはさらにトリッキーです。ブルースターとは学名でも英名でも、はたまた和名でもありません。学名はTweedia(トゥイーディア)、旧学名のオキシペタラムと呼ばれることが一般的です。ブルースターはオキシペタラムとして年間に流通する約10品種のうちの1品種の名前です。現在ではほぼ流通はなくなりましたが、数十年前にブルースターがオキシペタラムの先駆けとして大ヒットしたこと、またその名前と花の印象があまりにもマッチして覚えやすかったことにより、オキシペタラムのことをブルースターと呼ぶことが多くなりました。オキシペタラムという名前も覚えにくいですし、もっともなことだと思います。ちなみに和名はルリトウワタといいます。
迷ったときのJFコード
では、本当は何と呼べばいいのか、わからなくなったらJFコードというサイトで確認するといいでしょう。これを見ればトルコギキョウなのかトルコキキョウなのかも分かります。JFコードとは「日本花き取引コード」のことで、国内で取引されるすべての花や植物の品種に対し、コード番号を割り当てると同時に、流通時の正式な呼び方も示してくれています。
花の名前、「迷ったときのJFコード」http://www.jfcode.jp/TOP.aspx
いずれにしても、和名や英名はその地域や文化に由来したニックネームです。学名は世界共通なのでその植物の正式名称。だから園芸学校や大学では学名を覚えることになるのですね。では学名はどのように決められるのか、とても奥深く、そこにも面白さが詰まっているのですが、これはまた別の機会に譲ることにしましょう。
おまけ
すべての生物に付けられる学名ですが、わたしたち人間の学名はホモ・サピエンスといい、英名はHuman、和名はヒトですね。ホモ・サピエンスとはラテン語で「賢い人」「叡智を持つ人」という意味です。自らを「賢い人」とか名付けちゃう人は誰かと思ったら、スウェーデンの偉大なる生物学者リンネ先生でした。その名前の通り、花や植物、また社会についても多くのことを学んで、豊かに生きたいものですね。
おわりに
このたび、当コーナーを担当させていただくことになりました。みなさまに少しでも花にまつわるエトセトラを楽しんでいただけるよう、話題をご提供してまいります。何か質問をいただければ、わかる範囲で回答に努めたいと思います。あるいは、このコーナーを執筆する際、テーマのヒントとさせていただくこともあるかもしれません。ぜひ感想などをお寄せください。(記/大田花き花の生活研究所 内藤育子・写真提供一部/株式会社大田花き)
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