フラワーデザインだからできること

インタビュー

フラワーデザイナーは如何にあるべきか。そんな問いかけをしてくれるのが、農学博士、フラワー装飾技能士1級、上級園芸療法士、そしてフラワーデザイナーである菊川裕幸さん。植物好き、自然好きが高じて農業に興味を持ち、そこからフラワーデザインの楽しさに目覚め、現在はフラワーデザインの新たな可能性について、大学で現代社会学の知見をもとに研究を続けています。美しさだけを求めるのではなく、医療や福祉、あらゆる場面で植物、フラワーデザインの価値を見出す。その想いを語っていただきました。

恩師との出会い

実はフラワーデザインを始めたきっかけは、女の子にモテたかったからです(笑)。高校のフラワーデザイン部の部員が女子ばかりだったので期待したのですが、結果は……(笑)。でも、花を生けるのは楽しくて、道を歩いていてもこの植物は使えるなとか、農業をしていてもこの素材面白そうとか、花の世界はあらゆるところに、無限に広がっているように思えたんです。お花をはじめるきっかけなんて、何だっていいのではないでしょうか。フラワーデザインの奥深さに魅せられてもう20年経ったけど、奥が深い!まだまだ学ぶことがたくさんあります。
恩師に恵まれたのも大きいですね。部活でNFDの前西隆彦先生(兵庫県支部)と出会い、外部講師として来てくれていたやはりNFDの飯田広子先生(京都府支部)には、大学に入ってからも師事して大変お世話になりました。貧乏学生を安価なレッスン料で導いてくれて、おかげで在学中にNFD2級と装飾技能士2級を取得することができました。技能五輪にも出場させていただきました。今、私がフラワーデザイナーとして活動できるのも、このご縁があってこそだと感謝しています。

自然とかかわり続けて

もともと自然に興味があり、高校は農業高校を選びました。その学校で働いている先生が毎日楽しそうでしたので、自分も「農業がおもしろい」ということを人に教えられるようになりたいと思い、岡山大学農学部で教員免許を取得しました。兵庫県内の農業高校での教師時代はとても充実していて、フラワーデザインを教えた生徒がNFD金賞(第11回NFD全国高校生フラワーデザインコンテスト)を受賞したこともあるんです。あれは嬉しかった!
その後、西日本短期大学の講師を経て、丹波市立氷上回廊水分れフィールドミュージアムの学芸員へ。そこでは本業のほかに子どもたちの農業体験教室やフラワーアレンジメント体験みたいなこともしていました。神戸学院大学講師は2022年から。現在教えているのは、「地域とくらし」の中で必要な文化、自然、環境問題のこと、また、地域活性化などの「地域デザイン」です。現代社会学部なので、農村や農業も取り上げていますし、資格を活かして花のワークショップなども開催。地域コミュニティーを構築するお手伝いや、母校の高校生にフラワーデザインコンテストの指導を行うなど、人材育成にも力を入れています。
転職の理由はいろいろですが、いつもどこかで自然とかかわり続けてきたのは、それが私の原点だからなのだと思います。

フィールドミュージアム勤務時代にさかなクンと一緒にお仕事をしたときの記事
さかなクンとのお仕事中に被った思い出の魚の帽子

園芸療法のススメ

植物や自然が嫌いという人は、基本的にいないと言ってもいいでしょう。フラワーデザインもその一部として捉えることができる「園芸療法」をご存知でしょうか。ひと言でいえば、植物や自然を介して人々の心と体をケアする療法が「園芸療法」です。精神疾患や身体障害がある人や認知症患者、高齢者などの治療やリハビリに効果をあげている事例が多々あります。
私も農業経験者として、花に触れることで癒されるという感覚を肌身に染みてわかっています。農作業はしんどいこともあるけれど、野菜が育っていくのを見ると楽しいし、嬉しい。達成感も味わえるんです。本格的に「園芸療法」について学びたくて、高校教師時代に仕事をしながら学校に通い、園芸療法士の資格を取りました。実習で行った高齢者介護の現場では、植物を育てることで会話が増えたり、活動的になったりということを実感しました。
植物の力は偉大ですね。

フラワーデザインでQOL向上を

ひきこもりや不登校、PTSDの人などにも、「園芸療法」は効果が期待できるといわれています。来年、阪神淡路大震災から30年の節目を迎えるわけですが、園芸療法士が兵庫県に誕生したのは、この大震災の被災者へのケアがきっかけです。2011年の東日本大震災の時も、仮設住宅で一緒にプランターに花を植えたりするなど、園芸療法士が活躍しています。私も何度も被災地を訪ねました。さまざまな方法で「園芸療法」を必要としている方々の心や体のケアが必要な人にアプローチできるというのが、「園芸療法」の魅力なのです。
そして、セラピーの一助になるフラワーデザインは、日常生活においても確実にQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生きる上での満足度)を向上させてくれることがわかっています。また、コロナ禍で植物を育てたくなったという人が増えたことも明らかになっています。自然や植物を3分間見るとストレスが低下するという研究結果が発表されていて、オフィス緑化の推進で血圧やストレス値が下がるというエビデンス(*1)が明らかになっています。花はきれいというだけではなくて、癒しの存在であるということを、私たちフラワーデザイナーはきちんと伝えていかなくてはいけないと思っています。

(*1)https://www.awaji.ac.jp/htcp/topics/p_5134

デスク上にはしずく型のテラリウム
講師室内も菊川さんらしく緑あふれる空間

地域を支える存在へ

私の専門分野とも関連しますが、フラワーデザイナーが「地域デザイン」に絡んでいく可能性は大いにあると考えています。たとえば、公民館などで高齢者向けに簡単なリースづくりをしてみる、あるいは寄せ植えをしてみるなど、植物を身近に感じる体験を提供できると思うんです。新たな多面的機能といったら大袈裟かもしれませんが、フラワーデザイナーであることの意味が、これからの少子・高齢化社会という時代のニーズに合っていると言えるでしょう。私もデザイナーとして、そういう裾野を広げていく一人になれたらと願っています。

作品づくりは子育てのような

フラワーデザイナーである一番の魅力は0から1を生み出す喜びです。苦しかったりもするけれど、それこそがものづくりの醍醐味。また、一般の人に作品を見てもらい、感想を聞くところから会話ができるのもとても面白い。これがスポーツだとしていない人に良さを伝えるのは難しいけれど、花だと色がキレイ、形がカワイイなど、共通言語になるところも素敵ですね。

日本フラワーデザイン大賞2022/プティデザイン部門1位/農林水産大臣賞

プティデザイン部門のサイズ感がわかる観覧の様子

2022年日本フラワーデザイン大賞プティデザイン部門で1位を受賞した時など、ずっと作品の近くにいて感想を聞いていたのですが、良くも悪くもいろいろな声を拾えて、自分でも思わぬ反響がありとても勉強になりました。作品をつくっている時は、本当に愛おしい気持ちになります。大会の前の日から、部屋を借りて24時間寝ずに開始時間まで頑張りました。勝ちたいとかではなく、もう育児みたいなもの。自分の持っている技術と知識をフル動員して、作品をより良く大きく育てたいといつも思っています。

身近な花を使って

フラワーデザインで使用する花材としては小花が好きです。庭の花、山野草など、できるだけ自然界にあるものを使いたい。身近なものをどれだけ使えるかというのがフラワーデザイナーの資質の1つだと考えているので、身近な資源をどう活用するかというのは常に意識しています。これは多くのフラワーデザイナーに共通する考え方ではないでしょうか。
加えて花き振興のためにも、地元のものを使うようにしています。近くに花の生産農家さんがいたら仲良くなって買わせてもらったり、道の駅でも花を買ったりして作品づくりに使用しています。私は兵庫県民ですが、兵庫県は有数の花の生産県なんです。県民にはあまり知られていないようですが……。淡路島のカーネーションやストック、加西市のハボタン、神戸市北区淡河町のテッポウユリなどが代表的と言えるでしょう。講習会の時などでも花材は地元調達を心がけています。

緑を通してできること

現在、私が一番力を入れている研究の1つが、「農福連携」です。これは農家が高齢化して農業従事者が減り耕作放棄地が増えてきている現状を踏まえ、障害のある人たちに農業現場で働いてもらうことで、農家は助かり、障がい者には工賃がアップするというWin-Winの取り組みです。
その一端として、障害者の方、引きこもりや不登校の人、高齢者など、いろいろな人が集い、健康になってまた社会に戻っていくという、市民農園のユニバーサル化についても研究しているのですが、ぜひそこにフラワーデザインも組み入れたい。お花を育てて、アレンジメントしましょう、クラフト活動しましょうなど、水平展開がたくさんできると思うんです。農業生産だけではなく、花を通して心と体の健康づくりに寄与する、そんな未来を創造したいです。

フラワーデザイナーであり続けて

私にとってフラワーデザインは、自分のぼんやりとしていた植物好き、自然好きといったことをさらに深入りさせてくれたような存在です。教職や園芸療法士であることを生業にしていたとしても、自分にとって居心地のいい場所であるフラワーデザイナーでもあり続けたい。 この世界は、花屋さんや花の教室の家に生まれた経歴を持つ先生方が多く、小さな頃から花にかかわってきた方がほとんどのようですが、私はまったく違います。だからこそ、それでもフラワーデザイナーになれる、フラワーデザイナーとして意義のある活動ができるという、後に続く人への見本としての自負があります。最近は高校生や校内の大学生などに手ほどきをして、次代の仲間たちを育てていくのも楽しみのひとつになってきています。

Profile

菊川 裕幸  KIKUKAWA Hiroyuki

農学博士(京都大学)・NFD本部講師
兵庫県生まれ。幼いころから自然が好きで、農業に興味関心をいだき、高校は兵庫県立有馬高等学校に進学。その頃にフラワーアレンジメントを始める。その後、岡山大学農学部に進学し、卒業後は兵庫県内の農業高校で8年間、教鞭をとる。その間、兵庫県立淡路景観園芸学校に通学し、園芸療法士の資格を取得。京都大学大学院農学研究科博士課程で放置竹林の研究を行い、現在も竹林の有効利用法の研究を継続している。現職は神戸学院大学現代社会学部講師。

編集後記
研究室に入って最初に驚かされるのは、天井に届きそうな大きな香港カポックの木。それ以外にもさまざまな植物に囲まれ、気さくで明るい笑顔を浮かべている部屋の主が、今回ご登場いただいた菊川裕幸さんです。農学博士号をはじめ、フラワー装飾技能士1級、上級園芸療法士、農福連携技術支援者など、その資格の多さに目を見張ります。
現在は大学講師として活躍しながらも、フラワーデザインの資格・経験・知識を本業に取り入れ、社会貢献の分野につなげている異色の花人。フラワーデザイナーは花で美しさを表現する人というだけでなく、社会的使命を持ち、人々の生活に大きく寄与できる存在であることを教えてくれているようです。
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