花があるからこそ、前へ進める

インタビュー

今回の「だかフラ」は、宮城県支部に在籍する阿部喜恵NFD本部講師。 日本のみならず、海外、特にアジアでも活躍され、小さな作品から大作までこなすフラワーデザイナーですが、2016年より自身は「花景家(かけいか)」と名乗るように。花で景色を創る。フラワーデザインという枠にとどまらない柔軟な発想はしっかりとした基礎があるからだそう。そんな阿部喜恵さんのMy Flower Historyを語っていただきました。

そして花の道へ

生家が花店で子どもの頃から両親の手伝いをしていましたし、NFD設立時より参加されていた池田孝二先生(東京城南支部)のところにお稽古に行ったりと、花はとても身近な存在でした。とはいえ、店を継ごうという気はなく、大学では建築学を専攻していたので将来はそちらの道へ進みたいと考えていたくらいです。ただ、当時は就職難で、とくに女性の建築家としての就職は絶望的だった時代。悩んでいた時に、親に東京に花の専門学校があると勧められ、改めてJFTD学園日本フラワーカレッジに進学することにしたのです。

身につけた基礎は不動

実は入学にあたって、授業についていけるようにNFDの板橋健子先生(宮城県支部/NFD名誉本部講師)の教室で3級の資格を取得。そのベースがあったからだと思いますが、良い成績を収めることができ卒業後は学園からスカウトされて入社することになりました。就職後も池田先生には引き続きヨーロピアンデザインを習いに通い、さらにNFDの鈴木紀久子先生(東京城東支部)にも師事して講師の資格も取得。いま振り返っても、若いうちに身につけた基礎というのは不動ですね。技術はなくなることがないので。

知識は力

在学中のことですが、まだ学園は創設4年目で教科書もなく、私が入学後に生徒参加で制作や撮影が始まりました。その過程でカリキュラムの作り方や撮影方法、教え方などの知識も学べ、その後の仕事で大変役に立っています。また1998年ジャパンカップでファイナリストに選出された後、依頼されてかかわることになった花キューピットの商品開発でも、グラフィックデザインをはじめ、カメラワークやパソコンでの制作方法などを身につけることができました。技術と同じく、知識も力ですね。

「花景家」として

学園を辞したのは、毎年同じことを教えるのは自分には合わないと思ったからです。そこからはフラワーデザイナーとして、制作はもちろん教室の運営や講習会の講師、デモンストレーターなど、さまざまな活動にチャレンジしています。そしてフラワーデザインのコンテストにも出品し、入賞することで自信にも繋がりました。

とくに2016年からは、花器を使ったアレンジメントやブーケなど、みなさんがイメージするフラワーデザインの枠には収まりきらない、何十メートルにもなるような大作を手がけるようになったため「花景家(かけいか)」と名乗るようにしました。これは、私のつくるものは何もない場所、たとえば城の庭などに突然お花で景色をつくりだすというところから、放送作家の友人が考えてくれたネーミングです。フラワーアーティストと紹介されることもありますが、「花景家」と呼んでいただけるとうれしいですね。

大作づくりの喜び

花景家と名乗るようになったきっかけは、中国の70周年の建国式典の時につくった全長30メートルの龍でした。当時は私の手作業での制作で、顔はラグビーボールみたいな仕上がりだったのですが、観覧に訪れた現地の方々が口々に「ローン(龍)、ローン(龍)」と喜んでくれて、私も達成感でいっぱいだったものです。

それ以来日本でも大作を依頼されるようになり、いまや名物となっている『弘前城 菊と紅葉まつり』のメインシンボルの制作も、今年で5回目。新作は2年に1回ずつつくりたいと市長にお話しています。

  • 2020年 龍
  • 2021年 龍
  • 2022年 朱雀
  • 2023年 朱雀と龍
  • 2024年 玄武
弘前らしい巨大なリンゴは2022年の作品の一部

今年は蛇が亀を取り巻く形であらわされる「玄武」を今まさに仕上げているところです。弘前のねぷたは、扇形が主ですが、立体のねぷたを作るねぷた師さんにご協力いただいていて、恐竜のように迫力がある仕上がりになりました。竹の骨組みも、アーティフィシャルフラワーも毎年きれいに解体して保存し、翌年再利用します。5年間使い続けて、新しい素材は少しだけ買い足していて、環境にやさしい展示物なんです。エントランスに展示している作品にもねぷたの廃材を使用していたり、地域の方々の思いも大切にしながら制作しています。

玄武の顔部分
弘前城植物園北案内所からのエントランスに展示

私は若い時に建築家志望だったので、CAD(コンピュータ支援設計)が引けるんです。初年の制作前に、学生時代の恩師である教授にお願いしてもう一度教えを請い、3次元で全体の図案を完成させることができましたが、ここでも基礎の大切さを実感しました。小さな作品には小さいなりに、大きな作品には大きなものなりの魅力があります。とくに大作には多くの人が携わりますので、知恵と汗と涙と絆の結晶になります。自分の中だけで完結する作品と、人と人との繋がりの中で力を出し合ってつくる作品とでは、やはり感動が違いますね。

2024年 玄武 完成作品

仕事の幅を広げて

できれば私に続く花景家を育てたくて、主催していたフラワーデザイン教室を昨年「花景家STUDIO」に改名。屋号が「花樂舎(かがくしゃ)」で、花を楽しむ人が集まる場所という意味のネーミングです。東北各地、東京からも生徒さんがいらしていて、最近では84歳のご婦人が電車と地下鉄を乗り継いで来てくださっています。帰りの地下鉄のホームで、つくった花へ「きれいですね」と声をかけられるのがうれしいと聞いて、私もうれしくて! 中国のお花の学校で授業をしたり、アーティフィシャルフラワーの講習会講師を担当したり。

NFDアーティフィシャルフラワーコース オンライン講習会より

未就学児対象の花育をめざしたキッズレッスンも、折にふれて開催しています。お花を選ぶ、活けるだけではなく、挨拶を身につけ、片付け、本読み、デッサンもするクラス。子育てママの役に立ちたい気持ちをカタチにしたレッスンですが、子どもたちの目覚ましい進歩にはびっくりさせられ、こちらも楽しませてもらっています。

海外にも活動を広げて

花を見て怒る人はいないと、お客さまにいわれたことがあります。たった一輪の花を添えるだけで、まったく違う表情になる作品があります。そんなふうに見る人の心を動かしたり響かせたりすることができるのが、フラワーデザインの魅力なのではないでしょうか。
また、フラワーデザイナーとなってから、多くの国や地域を訪れ、文化を学び、すばらしい仲間たちと縁を結ぶことができました。国籍問わずデザイナー同士で助け合ったり、情報を交換したり、先輩からアドバイスをいただいたり。コロナ禍の際も互いの国を心配しあい、支援物資が航空便で届いたことがあります。
海外での作品づくりは臨機応変さや物事に対処する胆力が必要ですが、さまざまな出会いにより視野が大きく開け、カレンダーや講演など仕事の幅も広がりました。これもまた、花の持つ力のひとつなのでしょう。

想いを込めて

作品づくりで大切にしているのは、まごころを込めて制作することです。やはり気持ちが入らないと、自分にもなってほしい姿に見えてこないし、人にも伝わらないと思います。「かわいくなあれ」という気持ちを込めて活けてあげると、自然とかわいくなっていくんですよ。 近年手がけている弘前城などの大作でも、女性的な作品にしたければ「エレガントな感じになあれ」と想いを込めますし、男性的なイメージにしたい時には「たくましくなあれ」と、その強さをどこで見せていくかということを考えながらつくるようにしています。

花ありてこそ

東日本大震災を経験した者として、震災を風化させたくない思いがあります。いつもデモンストレーションや講習会では、挨拶で震災についてお話をさせていただいたり、その時々で必ず1点だけは震災をテーマに作品をつくったりしています。実家の花店にお供え用の花を求めにいらした遺族の方々の姿は忘れられませんし、花という存在は心の癒しや慰めになるのだと改めて感じました。
フラワーデザイナーになったおかげでさまざまな経験や出会い、絆が生まれました。そして作品をご覧になられた方々からたくさんのお言葉をいただけることで、次の作品をつくれるのだと思っています。花しかないのではなく、花があるからこそ先に進めるのです。

Profile

阿部 喜恵  ABE Kie

花樂舎 代表 /花景家・NFD本部講師
宮城県生まれ。尚絅女学院短期大学(現:尚絅学院大学女子短期大学部)卒業後、JFTD学園日本フラワーカレッジ卒業、同校入社、有限会社阿部園芸店26年勤務後、2023年花樂舎を立ち上げる。

編集後記
とても巨大で骨太の作品をつくるようには見えない、たおやかな印象の阿部喜恵さん。お話をしてみると、とても率直かつ真摯なお人柄でした。花の世界大会2016での金賞と最優秀色彩賞をはじめとする数多の受賞歴と、海外を含めた多彩な活動歴はフラワーデザイナーの枠を大きく広げ、いろいろな意味で初めての景色を生み出した、文字通りの花景家でいらっしゃいます。
震災後のお彼岸に花を無料で配った思い出や、海外のアーティストとの心温まるやり取り、声がかかれば何にでもチャレンジしてやり遂げたエピソードなど、ご紹介したいお話はまだまだいっぱい。そういうさまざまな体験もまた、ご自身の基礎や糧となり作品に反映されているようです。これからもフラワーデザイナーであることを芯として、大輪の花景を咲かせ続けるのでしょう。

そんな阿部さんの作品を実際に見ることができるイベントが開催されます。
弘前城菊と紅葉まつり
会期 2024年11月1日(金)~11月10日(日)
時間 9:00~20:00(弘前城植物園の入園は19:30まで)※紅葉特別ライトアップ:16:00~21:00
入場 メイン会場の弘前城植物園は有料エリアとなっております。入園券をご購入ください。
会場 弘前公園(メイン会場:弘前城植物園)
▽詳細はこちらからご覧いただけます

※この記事の情報はすべて、取材当時のものです。
だからフラワーデザイナーはやめられない!

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第一線で活躍するプロフェッショナルたちの生の声から、フラワーデザインの持つ無限の可能性と、それに魅了される理由が浮かび上がります。 花と共に歩む人生の豊かさと、そこから生まれる夢。フラワーデザインに興味を持つ全ての人々へのみちしるべとなるでしょう。

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