春には、多くの花木類が花を咲かせます。それらの代表は、サクラのソメイヨシノです。毎年、このサクラが、規則正しく、春に花を咲かせるには、そのための“しくみ”があります。
「なぜ、春に、サクラの花が咲くのか」と問うと、「暖かくなるから」という答えが、多くの人から即座に返ってきます。暖かくならないと、サクラの花は咲きませんから、これは間違いではないのですが、きわめて“物足りない”答えです。
なぜなら、暖かさだけで開花するのなら、秋に咲いているはずです。春と秋の温度はほぼ同じだからです。「秋には、ツボミがつくられていないので、花は咲かないのではないか」と思われるかもしれません。
しかし、サクラのツボミは、開花する前の年の夏、7~8月につくられています。ですから、秋に咲いても、そんなに不思議ではありません。しかし、夏につくられたツボミがそのまま成長して、秋に花が咲くと、すぐにやってくる冬の寒さのために、タネはできません。もしそうなら、子孫が残らず、種族は滅びます。
そこで、ツボミは、冬の寒さに耐える「越冬芽(えっとうが)」という芽に包まれて、寒い冬を過ごすのです。冬の寒さに出会う前の越冬芽の中には「アブシシン酸」という物質が存在します。これは、ツボミが開花するのを抑制する働きがあるのですが、寒さに出会うと減っていきます。アブシシン酸が減少することで、ツボミは、冬が通過したことを確認しているのです。
そのあとに暖かくなると、ツボミの中に「ジベレリン」という物質がつくられます。これは、アブシシン酸とは逆に、開花を促す働きがあります。そのため、暖かくなると、花が咲くのです。
春に、サクラが開花するという現象には、冬の寒さの通過を確認してから、春の暖かさに反応して、花が咲くという“2段階のしくみ”が働いているのです。
このしくみがあるからこそ、「東京が、日本一早くに開花宣言をする」という現象がおこります。「暖かければ、花が咲く」というだけなら、暖かい四国や九州の南部の地域で、毎年、東京より早くに、花が咲くはずです。
ところが、東京での開花が日本一早くなることがあるのは、その年、それらの地域より、東京の冬の寒さが厳しかったからです。ソメイヨシノの越冬芽に包み込まれたツボミには、「冬の寒さが厳しければ厳しいほど、そのあとの春の暖かさに敏感に反応して、早く開花する」という性質があるのです。