「春に、多くの草花が花を咲かせる」という現象には、「草花は、葉っぱで夜が短くなることを感受して、花を咲かせる」という仕組みがあることを、春(5月)に「初夏に草花がタネをつくるしくみ」で紹介しました。
しかし、夜が短くなることを感受して花を咲かせるためには、冬の寒さを体感していなければならない植物があります。これは、一昔前、冬の田園地方で見られた麦畑の風物詩、 “麦踏み”の意義を考えるとよく理解できます。
麦踏みは、寒風の吹きすさぶ麦畑で、秋に発芽したムギの芽生えを人が足で踏みつける作業です。近年、人が麦踏みをする姿は見かけませんが、今でも、麦畑では、冬に、麦踏みは行われています。人の代わりに、トラクターがムギを踏みつけているのです。

ムギには、コムギやオオムギなどの種類があり、これらには、秋にタネをまく「秋まき性の品種」があります。これらの品種は、秋にタネがまかれると、翌年の春に花が咲き、初夏に結実して収穫されます。しかし、秋に発芽するので、「霜柱が立つとき、芽生えの根が切れないようにするため」とか、「踏みつけることで、春に強い芽生えになるように」とかいわれて、冬の間に“麦踏み”をしなければならないのです。

「寒い冬に、麦踏みをしなければならないのなら、なぜ、春にタネをまかないのか」との疑問が浮かびます。しかし、春にタネをまけば、芽が出て、芽生えは成長しますが、ツボミがいつまでもできないのです。ですから、花は咲きません。ということは、ムギが実りません。
秋まき性のムギは、成長したあとにツボミをつくるために、発芽した芽生えが、冬の寒さを感じることが必要なのです。芽生えが冬の低温を感じて、ツボミをつくれるような状態になることは、「春化(バーナリゼーション)」といわれ、そのような低温を与えることは「春化処理」とよばれます。

春化とは、植物が、一定期間、冬の寒さを体感したあとで、夜が短くなるのを感じるようになり、ツボミをつくり、花を咲かせるようになることなのです。コムギやオオムギだけでなく、春化されなければ、春に花が咲かない植物は多くあります。どの状態の植物が春化されるかにより、3つのタイプに分けられます(表)。
春化では、低温を受けると、ツボミができる状態になるので、低温の間に、ツボミをつくる“バーナリン”という物質がつくられると理解されていました。しかし、近年では、「低温を受けることで、ツボミができるのを抑制していた状態が解除されるために、春化したあとに、ツボミができはじめる」と考えられています。

田中修著「植物のいきる『しくみ』にまつわる66題」より
 (サイエンス・アイ新書 SBクリエイティブ株式会社)

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